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戸籍に記載された読めない文字

家系図作成講座の講師をしておりますと、戸籍をもとに家系図をご自身で作ろうと思った方が一番最初に高い壁を感じるのが戸籍の文字の判読です。

現代の戸籍は活字化されたパソコンの文字ですのでスラスラと読んでいただくことが出来ますが、古い時代の戸籍、とりわけ戦前の戸籍となりますと手書きで書かれている上にかなりのくずし字で書かれていることがあります。
そのため、先祖の名前が読み取れない、次にどこへ申請したら良いのか分からない、何が書かれているのかわからないと思われる方も多くいらっしゃいます。

このような時の解決方法として、
・くずし字辞典を活用する
・戸籍発行元の役所に聞いてみる
・読み飛ばす
という方法があります。

(1)くずし字辞典の活用

くずし字を判読するための辞典というものがあります。価格は1冊あたり2,000円から6,000円程度します。
しかし、ほとんどの図書館においてこのような辞典は蔵書されていますので、活用していただくことにより読めなかった先祖のお名前が判明することだと思います。

(2)戸籍発行元の役所に聞いてみる

戸籍のコピーを取り、該当部分にマーカーで印をつけ、返信用封筒を同封し、読めない文字の判読をお願いすることにより、たいていの場合は教えていただくことが出来ます。戸籍1通すべての判読はしていただくことは出来ずとも、読めない部分や判読に自信が無い部分だけでしたら、きっと役所の方も力になってくださることだと思います。
役所によっては郵送では対応していただけず、お電話のみでの対応というところもあります。

(3)読み飛ばす

戸籍には、市町村合併のことや戸籍法の改正による戸籍の改製のことなども書かれています。「年月日法務省令○○号により~戸籍消除」のように決まり切った定型文で書かれています。
これは一字一句判読できなくとも先祖の情報の読み取りには直接関係のない事項ですので、ここは全文判読せずに読み飛ばしていただいても大丈夫です。
しかし、読めない部分が先祖の情報のことなのか、定型文なのかを見誤らないように注意が必要です。

ご自身で戸籍を読み取って家系図を作成することは、時に大変なこともあります。
しかしそれはまた同時に楽しい作業でもあると思いますので、最後まで諦めずにぜひとも頑張ってください。

屋敷番号について

明治19年式の戸籍を眺めていますと、本籍地が屋敷番号で記載されていることもあります。

屋敷番号と本籍地番との対照表はほとんど見つかることが無く、ご先祖様のかつての居住地を探す上でなかなかやっかいな表記なのですが、戸籍に併記されていることもあります。

屋敷番号

この戸籍は明治19年式戸籍では屋敷番号で表記されていましたが、その後の明治31年式では本籍地欄に地番表記がなされ欄外に屋敷番号が併記されています。

520番戸がその後に2576番地となったことが読み取れます。

 

 

 

火災による再製戸籍と焼け残り戸籍

焼け残り戸籍

架空の見本戸籍です。まずは拡大してご覧ください。

この戸籍を読み込んでいただくと、
(1)大正4年式戸籍である
(2)大正9年に家督相続により編成されたこと
(3)昭和5年に火災にあったこと
(4)昭和6年に再製されたこと
(5)昭和7年に転籍したこと
などの記載から、火災によって再製された戸籍であることがわかります。

簡単に申し上げると、火災による再製とは役場に保管されていた戸籍が燃えてしまったけれども、法務局に保管されている戸籍の副本をもとに同じ戸籍が再製された、ということです。

さてさて、ここからが本題です。

相続で使用する場合にはこの戸籍だけが取得できればそれで大丈夫ですが、家系図を作成する場合においてはこの戸籍が取得できたからといってそれだけでは十分ではないことがあります。

非常に稀なケースですが、もう一歩踏み込める場合があります。

何をどうすれば良いのか、ピン!ときたかたがいらっしゃったらそれはもうかなり戸籍に精通していらっしゃる方だと思います。

火災による再製戸籍を取得した場合に、実は古い時代の戸籍では「焼け残り戸籍」というものが存在することがあります。
つまり、「焼け残った戸籍」と同時に「再製された戸籍」の2つが存在していることがあるということです。
戸籍としての効力は「再製された戸籍」だけになり、焼け残った戸籍には焼け残りの戸籍であることが記載され、また、末尾の認証印も省略されています。

何よりもここが大事なポイントなんですが、焼け残りの戸籍にしか記載されていない事項があるということもごく稀にございます。

上記見本の戸籍の例ですと、昭和5年に火災に遭い昭和6年に戸籍が再製されています。 この火災後から再製までの間になにがしかの届出がされていた場合、焼け残りの戸籍にのみ届出事項が記載されていて再製戸籍にはその届出事項が載ってこないということが、本当にごく稀にですがあります。

そもそも焼け残り戸籍が存在すること自体がまれであり、また、焼け残り戸籍と再製戸籍とで記載事項が違うことなどほとんどありません。私も数例しか見たことがありません。

しかしながら焼け残り戸籍が存在する可能性はゼロではありませんので、申請してみたり役所に確認する価値は大いにあると思います。

家系図資料請求

家系図と戸籍の関係

家系図を作成するために先祖を知る方法はどうしたら良いのでしょうか?

 

このようなご質問をいただくことが多々あります。
身近なところでは、父母や祖父母、親族の年長者に尋ねてみるのも良いでしょう。しかしながらそれでは調査に限界もありますし、周りに年長者がいないという人もいるでしょう。
そんなとき、自分のご先祖様を確実に知り家系図として残すための手段、それが戸籍なのです。戸籍制度は明治時代初期に確立し、以後、途絶えることなく連綿と続いています。

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軍歴証明書の申請時に必要な戸籍について

軍歴証明を申請するにあたり、本人以外の三親等以内の親族が申請する場合においては、旧海軍・旧陸軍を問わず親族であることを証明する書類の添付が必要となります。

親族であることを証明する書類とは、戸籍を取得して添付いたします。
戸籍には出生から死亡までにおける婚姻や養子縁組などが親族的な身分関係が記載されますので、それによって親子関係を証明することが出来ます。

 

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奇跡のような出来事

スタンダード家系図は戸籍をかなり読み込んだ上で作成しますので、お名前や本籍地番をしばらくは私も記憶しています。

現在ご依頼をいただいている案件で戸籍を眺めていると、どうも見覚えのある地名と地番、そしてお名前。

 

「まさかね…」などと思いつつ、過去のデータを出してきました。
すると、なんと以前に家系図を作成したかたの戸籍にも登場していた本籍地番とお名前でした。
ご依頼いただいたそれぞれのかたの傍系ご先祖様同士がご結婚なさっているではありませんか!

 

近いご親戚であるのならば、ご紹介いただいたということでご先祖様同士が共通することはございます。
しかしながら今回は地理的にも血縁的にもまったくつながりの無いかたからのご依頼でしたし、つながっていらっしゃるのは傍系のご先祖様同士です。

長いこと家系図作成に携わっていますといろいろなことがございますが、これには私も驚きました。

なんたる偶然、なんたる奇跡。とてもびっくりした出来事でした。

 

 

 

明治19年式戸籍の解説(2)

巻物家系図

架空の明治19年式戸籍の見本です。

戸籍事項欄をご覧いただきますと、1行目に「明治22年3月4日相続」と書かれていることを確認していただけると思います。
この戸籍のひとつ前の戸籍を申請するにあたり、前戸主の記載や相続年月日を見ると、戸主:江戸三郎のものが存在することが読み取れます。本籍地は「寺町13番戸」です。

これと同じ事例において役所に申請をしたところ、「寺町13番戸には、戸主:江戸三郎の戸籍はありません」といわれたことがあります。

明治19年式戸籍が出来た時期は、当時の市町村役場によりまちまちです。そのため明治23年頃になってから初めて明治19年式戸籍が編製された役場もございます。
また、明治22年相続前の戸籍は除籍となってからかなりの年数を経過しているので廃棄されていてもおかしくありませんし、廃棄されたという事実の記録が残っていなくてもおかしくない事案です。

 

しかしながら、「戸籍はありません」と言われた理由は別のところにありました。

 

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明治19年式戸籍の解説(1)

巻物家系図

架空の明治19年式戸籍の見本です。

本籍地記載部分をご覧いただきますと、「同郡同村大字寺町13番戸」と書かれていることを確認していただけると思います。
「同郡同村」と書かれているからにはどこかと同じ郡で同じ村であるのですが、その郡名や村名がどこにも書かれていません。

おそらくはこの戸籍が出来たときに、戸籍簿を書いた役所のかたが記載を省略して「同郡同村」と書いたのではないかと思われます。
役所では本籍地番ごとに綴って保管されているので、役所の担当者から見れば確かに「同郡同村」であるのかもしれませんが、請求なさったかたからすればどこの村と「同郡同村」なのかわからないことになってしまいます。

今回の明治19年式戸籍の例のように「同村同字」となってしまっている戸籍を見かけることもよくございます。
このようなときは、発行元の役所に質問していただくと教えていただけると思いますので、発行元の役所に問い合わせてみてください。

明治19年式戸籍は一応は決まった書き方というものがありましたが、現代ほど通信事情が発達していない時代のことでございますから、全国の役場に通達が行き届いていなかったり当時の担当者ごとに記載方法が少しづつ異なっていることも珍しくありません。
 

 

 

享和年間

取り寄せた古い戸籍を見ていましたら、享和年間出生のかたが記載されていました。

享和年間といってもピンっとくるかたはあまりいらっしゃらないと思いますが、西暦にいたしますと1801年から1803年が享和という元号になります。
アメリカ船が長崎にやってきて通商を要求し幕府が拒絶した、という出来事が起こったのが享和3(1803)年のことです。
今から約210年も前の出来事です。

 

戸籍の元号を眺めながら当時のご先祖様の暮らしぶりに思いを馳せる、これもまた家系図作成の魅力の一つであると思います。

関連ページ:元号西暦一覧表